バージャー病(TAO)
―この得体の知れない病気は今―
越谷北病院 院長
大橋 重信
 血管外科を手掛けるものにとってバージャー病(TAO)は衆知の病気であるが,最近その病気が少なくなっている.特に重症例が少なくなり,若い血管外科医でその激しい病態を見たことのない人も多いのではなかろうか.私が入局した頃にはTAOは減り始めており,それに代わって生活の欧米化による動脈硬化の増悪のためにASOが急速に増加し,統計的にはTAOと逆転していた.しかしまだその頃はこの得体の知れない病気は猛威を振るっていた.
 昭和40年代には大学病院などでは,あらゆる治療に抗して潰瘍,壊死が悪化し,次々と四肢の切断を繰り返さざるを得ない若い患者を数例は抱えていたと思う.末梢側から閉塞するので血行再建も出来ず,しかも経過中突然中枢側に進展するのだ.この病態は何か.何故急速に中枢側に進展するのか.今でも謎である.その頃私は血管造影係で造影写真を撮りまくっていた.当時は造影剤も良くなく,血管造影は激しい疼痛を伴う侵襲的な検査法であり,患者を叱咤激励したり麻酔をかけたりしてやっていた訳で,繰り返し行うことが困難であった.ある時,典型的なTAOの若者に経過を追って血管造影を行う機会があった.彼は10代の後半から末梢動脈閉塞を生じ,足の虚血症状を持っていた.21歳の時の血管造影では膝窩動脈に小区域の内腔不整と前脛骨動脈の閉塞があった.その後も足の傷が治らず外来通院していたが,28歳の時,下肢の痛みが増強し発熱を伴って来院した.その時血沈,CRPは亢進していた.急いで血管造影を行ったところ,その造影像を見て愕然としたことを忘れられない.浅大腿動脈が大腿深動脈分岐部から膝窩動脈まで広範に膨隆を伴った壁不整を示していたのである.これは激しい炎症所見以外の何物でもないと思った.発熱と疼痛で苦しむ患者に鎮痛剤のほか消炎剤,抗生剤,血管拡張剤など色々と使ってみた.幸い患者は趾の切断だけで落ち着いたが,内腔不整を見た浅大腿動脈起始部から膝窩動脈までがその後完全閉塞してしまった.無数の側副血行のお陰で後脛骨動脈が開存を保ち肢の切断を免れたと思われた.その後は注意して血管造影を撮り続けたが,既に炎症部が閉塞しているものが多くこれほどの内腔不整を見たものはない.然しながら経過中大腿動脈の狭い範囲に炎症性壁不整を生じ,その後豊富な側副血行を有する部分閉塞に至るものは何例かあった.この事でTAOはskip lesion的に中枢側に進展するという概念は立証された訳で,これらを論文として発表した(大橋重信:Buerger病と動脈硬化との関係について-臨床的,動脈撮影的,病理学的考察.日本外科学会雑誌,76(6):491-506,1975).
 切断肢や閉塞部分は出来るだけ病理検索したが,活動的な病変に乏しく炎症性所見は認めても特異的とは言えなかった.しかし内弾性板の過屈曲や著明な断裂,融解所見を呈するものがあり,あの造影像で見られた激しい炎症性所見の結果と一致すると考えられた.
 家族的発生について私が確認出来たのは数例のみだが,興味ある一例を紹介したい.急激に中枢側動脈の閉塞を起こし,四肢を切断せざるを得なかった25歳の男性の実の妹が末梢に動脈閉塞を生じた.彼女の自宅の隣に養鶏場があって激しい悪臭と騒音がたまらないと言う.兄と同じようになってしまわないかと心配していた.この時私は感染症がこの病気の一因ではないかと思った.少なくとも感染症が症状の増悪に関与しているのではないかと考えた.
 TAOは日本に多い病気だが,欧米では1900年頃既にL. Buergerを始め多くの学者が研究している.ユダヤ系の民族に多いとされ,L. Buergerもユダヤ系患者の多いMt. Sinai病院に勤務していたので好都合であったと述べている.日本人やユダヤ人に多いという民族的多発性は遺伝子の関与の可能性を示唆している.この点DNAの研究が必要であろう.
 TAOの患者を今でも10例近く経過観察している.長い人では既に15年を過ぎた.彼らは一時的には症状が増悪したが,長期的経過中病気そのものはほとんど進行していない.抗血小板剤や抗凝固剤を投与し,寒冷や衛生や栄養に気をつければ一定の期間が過ぎると落ち着いてしまうようである.
 前に述べたが私自身この病気に対して何らかの感染症を考えたこともあった.しかしその後忘れていた.最近岩井教授は歯周病菌が原因ではないかと報告しておられる.DNAも絡んだ研究で画期的研究であると思う.この恐ろしい病気も生活の改善とともに激減し,激しい病態を見る機会が少なくなっている.それはそれとして喜ばしいことだが,TAOは本当に消え行くものなのか.環境の悪化で再び隆盛を見ることは無いだろうか.いずれにしてもその本体を解明したいものである.そのためには視点を変えた研究が必要であろう.また患者のDNAを保存し後日の研究にゆだねる準備も早急に行うべきと考える.
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